インタビュー: O'Jizo 豊田耕三

豊田さんは大忙しのアイリッシュ・フルート、ティン&ロー・ホイッスル・プレイヤー。
NHK連続テレビドラマ小説「ゲゲゲの女房」でも、彼の演奏を聞くことが出来る。
今回のインタビューを通して、彼を中心にひとつのムーヴメントが起きているのかもしれない、と実感した。
東京アイリッシュ・ジェネレーションズ、最重要人物!

 

 

豊田さんの歴史

豊田さんは何年生まれですか。

1981年生まれです。早生まれです。

音楽はいつから始めましたか?

自分でちゃんと始めたのは、中学校の頃に吹奏楽部に入ってトランペットを吹き始めたっていうのが一番最初です。

東京芸術大学には、管楽器で入ったのですか?

いや、楽理科というところで、いろんなジャンルの複合的な学科です。
古くは音楽理論とか音楽史とか音楽学的なジャンルだったんですけど、
今はどちらかというと、日本音楽学とか、民族音楽学とか、もっと広いジャンルです。
基本的には自分でやってみないと判らないというスタンスをとるので、
小泉文夫さんとかのあたりからその流れが強くなってきていて。

その学科は何か楽器を演奏できないと入れないのですか。

そうですね。

じゃあ、入試の実技は何をやったのですか?

和声、ピアノ、聴音、「新曲試聴」、楽典、普通の基礎的な事は全部やりました。

ということは、ピアノはずっとやっていたのですか?

いや、僕は高校3年の夏から始めました。

え? それで入れちゃうの?

(笑)僕二浪しているんですけど。それでけっこう地獄を見てますね。

すごいね。できるものなんだねー。

いや、厳しかったですけどね。なんとかっていう感じですよ。
普通にバッハの平均律とか弾けないと入れなかったりするんで。
一日1小節とか、その曲だけをピンポイントでやって。
無理矢理弾いてっていうかんじですね。

吹奏楽は、中学から6年間やったのですか?

高校は、オーケストラ部だったんです。トランペットは同じなんですけど。

じゃあ、どこかでティンホイッスルにいくきっかけっていうのがあったわけですか?

ティンホイッスルは大学に入ってからです。
もともとは音楽教育がやりたくって、音楽教育のトップっていうのがどんなふうになっているのか見てみたくて。
でも音楽教育は学部にはなくて大学院にしかない。
それが守備範囲にあるのは楽理科くらいかなっていうのでとりあえず楽理科に入って。
大学院までいくつもりで。実際に音楽教育の修士までは行きました。
学部の間に、ガムランやったりシタールやったり、サンバやったり、邦楽やったり。
もちろん並行してクラシックもやったりと。
そういういろんな事をやってる中で大学4年のときにティンホイッスルを始めたっていう感じですかね。

その学科はひと学年、何人くらいいるのですか?

僕らのときで24、5人かな。でも、芸大の音楽の中では多い方ですけどね。
楽器になると、学年に二人とかなってくるので。

その同じ学科の同級生はみんな民族音楽を学ぶんだ。

1−2年の間は広く浅くやってるんだけど、そこからだんだん論文にあわせて、
守備範囲を狭めて、深く深くっていうほうにいくんですね。
だから、それによって、西洋音楽史をやる人もいれば、音楽美学をやる人や、
音楽社会学をやる人などに分かれていくんです。
で、僕は卒論は、バイ・ミュージカリティでした。バイリンガルの音楽版みたいな。
異なる二つ以上の音楽を合わせて習得するっていうんですかね。
実際に邦楽の和楽器をやってる人は、西洋音楽も同じようなウエイトでやってきたっていう人が多いんですよ。
そういう人たちが二つの音楽の垣根を乗り越えるときに、身体の使い方とか、意識の変化とかが、
どういう風になっているかというのを、本人達にインタビューして調べる、というようなことをやっていたんです。

へー。全然違うものなんですか?西洋音楽と邦楽では。

えっとですね。やっぱり、全然違うって一般的に思われているほどは違いがなくて。
特にレベルが上がれば上がるほど共通してきちゃう、最終的には。
(はじめは同じで)真ん中がわかれて、頭はまた共通してくるっていう感じだったりするんですけど。
その真ん中の分かれてくる部分っていうのが、人によっては、和楽器を持つと絶対音感が消えて、
西洋楽器を持つと絶対音感が出てくるなんていう人がいたり。
あるいは、五線譜を見ると西洋的なリズムが出てきて、それをはずすと和楽器のリズムが出てくる、っていう人がいたり。
人によって、環境によって全然違うんですけど。
身体反応っていうか、反射レベルでやっているようなことが、積み上げによって変わってきちゃうんです。

アイリッシュ音楽との出会い

ティンホイッスルやアイルランド音楽との出会いはどんな感じだったのですか?

もともとヨーロッパ周辺の土着の音楽とか、アメリカの古き良き音楽も含めてカントリーとかブルーグラスとか、
区別なく好きで、有線とかで聴いてたんです。高校くらいから漠然と。
その当時、アイリッシュっていう区別はしてなかったんですよね。
それがアイリッシュと認識したのは、たまたま地元のCD屋さんにダービッシュっていうバンドのライブCDが面出ししてあって、
手に取って、それを聴いて、ああ、アイリッシュっていうんだ、面白いなあと思って。
ずーっと聴いてたんですよね。無印良品のBGM聴いてみたりとか。
なんか漠然とアイリッシュていう感じだったんです。
で、4年の6月くらいまで、ほとんど大学にテニスをしに行ってたってくらい。
テニス部でテニスばっかりやってたんですよ。
ほんと色真っ黒で、毎週試合ばっかりで、っていう生活を送ってたんです。
テニスのアルバイト講師もやってて。
それが、大学院入試のために、6月の試合終わって全部断ち切ったんです。
それから2ヶ月くらい勉強して、9月くらいになった時にふっと現実逃避で
ティンホイッスルを始めたっていうのが正直なところなんです。
大学院入試が9月20何日かで、ほんとその直前に何かを血迷って。

楽器を買いに行ったんですか?

安いのが家に1本あったんですよね。
安井敬さんのところにちょこっと習いに行ってみようかと。
彼のところにはその後何ヶ月かくらいしか行ってないんですけど。

ティンホイッスルはフルートとはちがうんですか(基本的な質問ですみません)

ピッコロ、アイリッシュフルートは横。ティンホイッスルはリコーダーと同じで縦。

へー。日本には結構やってる人多いんですか?

ううん。
まあ、アイルランドフェアみたいなのを駅でやって、千円のお土産みたいなのが売られているので、
持ってるはいる人はちらほらいるとおもうんですけど。
あと、映画「タイタニック」のセリーヌ・ディオンの歌の間奏にティンホイッスルが入っているってことは・・・
知られてるのか知られてないのかってくらいで。
ぼちぼち出回ってはいるけれど、そんなにメジャーではないですよね。
あの笛は何?っていわれる事の方が多いですよね。

ティンホイッスルはじめたのが4年生という事は。。。

2浪してるから24ですね。

まだ5年くらいですか

5年は経ってるかな。もうすぐ6年かな。

それで瞬く間に第一人者になってしまったわけですね。

そういうわけではないですけど。

アイルランドには何回も行っているのですか?

アイルランドには2回だけです。

向こうのフェスティバルとか?

まあ、行くたびにフェスティバルに出てます。去年が一番どっしりっていう感じでしたかね。

「家族の中でセッションが成立したんですよ。あ、この音楽はなんか違うんだ。」

なぜ、これに惹かれたんですか?

他の音楽は1年とかやって通過してるんですよね。
で、これは通過できなかったっていう。
その最大の理由は・・・アイルランドの音楽って、現地でもそんなにプロが成立しやすいジャンルではないんですけど。
数少ないプロとして成立している人、まあ、アマチュアも含めてなんですけど、
家族でやってるバンドがいくつもあるんですよ。兄弟とか、親子とか。
これって、すごくこう、例えば、クラシックから見ると珍しいことで。
もちろん、クイケン兄弟のような珍しい人たちもいるんですけど。
例えば、NHKのドキュメンタリーで、親子で弦楽四重奏ってのが昔あったんだけど、
ああいうのって、僕、すごく嘘っぱちだなって思って。
あんなのきっと喧嘩になるに違いないって思うんです。

で、実際、自分の家も、自分がクラシックのトランペットやってたり、両親がクラシックの人間で。
演奏家ではないんですけど、長くやってたっていう意味で。
父親がオーボエ吹いてたり、お袋がフルート吹いてたり。
で、弟がなぜかロックのドラムをやってるという。
でもなんか、ついぞこう、セッションとか、一緒に何かやるとかなかったんですよね。
まあ喧嘩になりますし、まず。クラシックってこうじゃなきゃいけないっていう基準が高いんですよ。
例えば、お父さんがチェリストでお母さんが昔音大出たヴィオラの人で、
息子二人にヴァイオリンやらせてなんていうことがあったとして、家族で弦楽四重奏を実際にやろうと思ったら、
やれ、譜面を用意していついつまでに練習しとけって言って、
出来なかったら、なんで練習してないんだ、みたいなことになるっていうのが普通に考えたら当然なんですよね。
で、そんなの嘘だろうなと思ってたら、実際に、チェロ科の友達で、5人兄弟とかで、
大きな家族でそれをやろうとしたら、家庭が崩壊しかけた事があるっていう友達がいたんですよ。
やっぱりクラシックって、こうじゃなければいけないっていう規範が高すぎてうまくいかないんですよ。

ところがアイリッシュって、編成的にも何人いなきゃいけないとかいうのもないですし、一人でも出来る、二人でも出来る。
で、もう一人が途中から入ってきても、途中で抜けても大丈夫だし、
どんな楽器でも割と何とかなってしまうという、その敷居の低さとか。
あるいは、その短い旋律を繰り返すたびに違う事をやったりして。
こうやったたら間違いっていうのが少ないんですよね。
で、そういうせいか、喧嘩になりずらいらしくて。
自分の家で自分が笛を吹いているときに、はじめて親が昔とった杵柄で、
まあフォークの世代だたんで、ギターを弾いて合わせてきたりとか。
弟が適当に机をたたいて(パーカッションの人間なんで)、はじめて家族の中でセッションが成立したんですよ。
実際に、ウチで。で、そういうのがあって、あ、この音楽はなんか違うんだ、他の音楽と。
少なくともクラシックとは違うなと。
他の世界中の音楽はそういう音楽が多いとは思うんですけど、とりわけ敷居が低いなーという感じですよね。

楽器はなんでもいいって聞いたことがあるんですよ。

ブズーキがなければ、ギターで。パーカッションがなければ、机を叩いてましたからね、箸で、弟は。

懐の広さっていうか、何て言うんでしょう・・・。

そうですねー。だから、あ、これが生活に密着する音楽っていうことなのかな、というのをはじめて生で実感したというか。
それまで音楽民族学をやってると、そういう音楽が世界中にいっぱいあるけれど、
まあ、日本って違うよね、みたいなかんじのあるところを、こういうことかっていう。
しかも、よその音楽なのに、家でそういうことが起こるのか、っていうところが、
最も魅力に取り憑かれたところかなーと思うんですよね。

たとえば、沖縄民謡を、家で三味線弾いてやったとしても、そうはならないよね。
そこにギターを入れようとしても、まず、寄せ付けないから。

ま。そうですね。

日本の民謡も、そうだよね。そこにギターを入れるなんて、大変だよね。

そうですね。
だからそういう意味では、西洋音楽のいろんな楽器が普及している日本という土壌に合ったといえば合ったのかも知れない。
よりヨーロッパに近かったので。

発展した楽器も、原始的な楽器も、どちらも使えるっていうことなのかな。

そういうことですね。

古いっていうことなの?音楽が。アイルランド音楽は。

わりとプリミティブっていうことですね。そんなに楽器の機能を要さない、という事だと思います。

ユニゾンしていけば、全然気持ちよかったり。

そういうことですね。

40人とかいる、アイリッシュ音楽愛好のグループがあって。
そこの人が言うには、もし一緒にやりたいなら、家にある楽器何でも持ってくれば良い、っていうんですよ。
びっくりした。そういう誘われ方をしたんですよ。ノンキープロジェクトっていう。

あー。羊の絵の。

そう。なんかアイルランドの音楽の許容範囲の大きさを感じる。

形態として、旋律1本が、アイリッシュ的な語法で演奏されれば、
それでアイリッシュと看做されるという部分は、ものすごく、他の音楽とのフュージョンを受け入れやすいんですよ。
どんな伴奏に対しても旋律一本でアイリッシュを主張できるっていうことになるんで。
ガムランとか、もちろん、その楽器1本取り出してっていうのは可能なんですけど、
そうすると、ガムランっていうのが相当薄れるんですよね。
やっぱ、あの形式で初めて成り立つ部分があるっていうことになるんで。
そのへんが(アイリッシュ音楽の)強さというか。
世界中にああやってこう移民が出て行って、
その行く先々でその音楽が強く残るっていう部分じゃないかなって思うんですけどね。

あと、もう1個は、今のポピュラー音楽、まあビートルズも、の元は、ここにあるから入りやすいっていうことも。

それもありますね。基本的には西洋音楽の部品しか使ってないと言っても良いかもしれないくらい。

それが最もプリミティブなかたちで残ってるのがアイリッシュ音楽だと。

そういうことじゃないですかね。
だからみんな聴いて懐かしいとかいう感じは、見慣れない道具を使っていないという事と、
プリミティブな部分とのバランスなのかも知れないですね。

あと、ハンガリーとかジプシー系のものに近い部分もあるじゃないですか。
あれはなんでなんでしょうか。全然土地も離れているのに。

音楽自体の社会的、文化的成り立ち方は近いんだと思うんですよ。
その位置づけって言うんですかね。
向こうの人たちにとっての音楽の存在とかあり方っていうのは、アイルランド人にとってのものと凄く近いと思います。
アイルランドにもトラベラーっていう人たちがいて、そういうふうに音楽を育んできてっていうのはありますし。
やっぱり、なんか、アイルランドの例えばアラン島とか、
ほんとに畑も出来ないくらい土地がやせてる岩しかない島に行くと、
もう、音楽しかないんだ、みたいな感じがなんとなく肌で伝わる部分があって。
いやー、音楽しかなくって、音楽だけあったらここに居られるかな?っていったら、
僕、無理だなあって思ったんですけど、その時は、さすがに。
でも、なんかそういう部分なんじゃないかなーと思うんですけど。
生きるために音楽やってるっていうか。

Gケルトのこと

大学でアイリッシュ音楽に出会って、その後、ずぶずぶとはまっていく様っていうのを聞きたいんですけど。

始めて2年間くらいは、楽器と相性が良かったという部分でスルスルスルっと行った感じだったんです。
それは、やっぱり管楽器をやってたということもあって。
その上、トランペットより音を作るのが簡単なので、発音自体が。
そうすると、楽器を弾くっていう事が、弾いてる最中にどういうことを考えて
イメージしていかなきゃいけないかっていうことを率直に突き付けられる楽器だなと思ったんです。
だからその、指が、とか、口が、とか、あるいは息が、とかいうことを考えてるうちは音楽にならなくて。
それを音のイメージの方に、ずっとイメージを集約させて、
身体感覚を抜いていくという作業をやっていかないと、この笛がちっとも面白くならないという。
逆に、すっとそこに入り易かったんですよ。
そういうところで毎日没頭して、まあそれから大学院入試受かってから、卒業論文出して、
大学院入学までの3ヶ月間は、人生でいちばん暇な時期だったんで、ほんと、笛ばっかり吹いてたんですよね。
最初の2年くらいって、質より量みたいなところがあるじゃないですか。
それである程度、量吹けたっていう。音楽教育の大学院には行ったけれど、学部に比べたら、
自由になる時間があってっていうんで、大学院に入った最初の4月にサークルを立ち上げたんですよ。
それがわりと原動力になったかなと。

それは何のサークルですか?

アイリッシュ音楽のサークルです。

なんていう名前なんですが?

通称、Gケルトって呼ばれてるんですけど。
正式名称は、東京芸術大学ケルト音楽同好会。今はもう部に昇格しています。
トシ このサークルの出身者が今回のコンピの参加者に何人かいます。

サークルの結成は何年ですか?

2005年4月です。

おー。ついこの前だな。

そうなんですかね。もう遠い昔のような。

ここから数々の人が出てきたんですね。

うーん。それは、今、結果的に、っていう感じです。
僕が現役でやってる頃っていうのは、一緒にやる人たちっていうのは「アイリッシュ?何それ」っていう人とか、
もともと仲良かった人とか、なんか、僕が夢中になってやってるのに付き合わされる
可哀想な人たちの集まりだったんですよ。どっちかって言うと。
アイリッシュというものに対してそこまで温度が高くはなかった、周りの人たちは。

それから、2年。
自分が大学院を修了して、その後3年間助手を教育の研究室でやるんですけど、
その間っていうのは逆に、僕がいつまでもそこに居座るのも、煙たがられるだろうしって思って、
そんなに深くタッチしないように敢えてしてたんですよね。
アイリッシュっていうのにどっしり入っていこうと思ったら、アイリッシュパブでやっているセッションに、
自分で入っていって、そこから盗んでということがどうしても必要になってくるんですけど、
その当時の僕の下の子たちっていうのはそんなに積極的に外に出て行かなかったんです。
中でやって楽しんでっていうところで停まってたんですよ。
外に行きなよ、っていう事は言ってはいたんですが・・・。
サークルなんで温度差だって当然なんでっていう感じのスタンスでいたんですけれど。
それが、今から3年前、今の3年生が入ってきたときに、明らかに毛色の違う子たちが入って来たんです。
それは、アイリッシュのサークルがあるって言う事を知っててそれ目当てで来ている、とか。
それから、もう入ってくる前にアイリッシュパブ巡りをしているとか。

未成年じゃん!

そうなんです。完全に未成年なんです。
あるいは、入手するのにどう考えても半年くらいかかる楽器を
既に4月5月の時点で持ってる子がいるとか、っていうような感じで。
最初は、ブズーキの子だったんですよね。
別の子はその半年後ぐらいにパイプを手に入れてるんで、入ってすぐにオーダーしてるのは間違いないんですけど。
という具合に、明らかに違う。
自己紹介で、アイリッシュで好きなバンドはって聴いたときにタラケーリーバンドとか言い出すような、
そういう変な子が出てきて、ぞわっと変わりだしたんですよね。
で、上の学年もそれに影響受け始めて、本気で、本腰入れてやるようになって。
外でGケルトっていう名前で活動する事が増えてきて。
それで、今、その子らが現役の部長だったりという。

そのサークルは何人くらいいるんですか?

今、新入生が入ってきた時なんで、週2、火木でやってるのに、
扉を開けると、ざっと20人以上、ウジャっといたりとかっていう。
そこにいない人間も入れると、30人とか40人とかいます。

すごいなー

完全に僕の予想を超えて大きくなっちゃって、ていうかんじなんですよね。

芸大には軽音ってあるんですか。

あるんですけど、美術の人たちがやってるんですよね。

軽音よりGケルトの方が人数多いんじゃないですか?

全然多いですね。軽音っているの、って位の感じですけど。
(Gケルトには)楽理科から入ってくる子が多いんですけど、それ以外にも他所の科、
リコーダー科とか、美術の人たちも何人もいるんです。
楽理科の、このサークルじゃない人と話をしてたら、伝統的に楽理科から音楽系のサークルに入るとするとしたら、
サンバかバッハカンタータか、っていうその2本だったんですよ。
今それが、バッハカンタータかケルトかになっているって言われたんですよ。
これはけっこうショッキングで、こんなことでいいのかな、っていうくらいな感じだったんですけど。
サンバは逆に美術の人が多いんで。ケルトとかけもちしているような子も多いんですけれど。
民族音楽系のことをやりたい人はケルトに入る見たいな、そういう感じで。

それはなぜなんでしょうか?

判りません・・・(笑)。

2007年に突然、アイリッシュの楽器を持ってる新入生がいたりとかって・・・偶然?

たまたまなのか・・・その前の学園祭で(僕らが)やってるのを見て、
これを知って入りたいと思った子も何人かいたりとかね。
今度、一緒にアイルランドに行ってその後2年留学する予定のギターバンジョーの人も、同じ世代で。
彼は高校生のときにもうパブに出てたりとか。
もう、バケモノみたいな音を出してきて、なんだこいつみたいな記憶があるんですけど。
そういう、わっと出てきてる世代だとは思いますね。

30人とかいるサークルってすごいよねー。

ちいさな大学だからって言うのがあるかも知れない。そんなにサークルの数が多い訳じゃないし。
ただ音楽系のサークルって言うのが凄い少ない。
部員の募集とか表立ってしている訳じゃないし、部室もある訳じゃないので。
毎週火曜日の放課後、とかってやってるけど、週によって場所も違って、どこでやってるか判んなくて。
探し当てられた人だけが入ってるみたいな感じですね。
それぐらい不親切なんですけど、そんなことになってますね。

インターケルティックについて

今年の2月の終りに、ICF(インターカリジュエイト・ケルティック・フェスティバル)、
いわゆる、インカレ、大学間交流イベントをやったんです。
アイリッシュ系のサークルが、どうもウチだけじゃなくてあちこちにあるらしいということがだんだん判ってきて。
ツアーで北海道に行った時、北大の人達がわーっと来たりとか。北大にあるらしいんですよ。
首都圏だと、ICU(国際基督教大学)に、まあそれは学園祭を中心になんですけど、
アイリッシュをやるサークルがあったりとか。早稲田、慶応とか。
さっき言ったギターバンジョーの子は上智なんですけど、まあそのあたりに、
すごく細々と数人でアイリッシュをやってる人たちっていうのがどうもいるらしくて、
それがインカレ的にウチのサークルに遊びに来てということがだんだんと出てきたんですよ。
それと同時に、そういうイベントをやれたらなあって動き出した後あたりに、
東洋大学が、アイリッシュ文化を研究する大きなサークルを最近立ち上げて。
そこは音楽をやるサークルじゃないんですけど。
アイルランドの大学に行ってる人たちが交換留学で、逆輸入みたいな感じで
日本の東洋大学に来てるその中に、日本人の女の子がいて。
彼女が、文化交流とかそういうイベントを立ち上げて人集めてっていうのがすごく得意なんですね。
で、なんかそういうイベントやると50人くらい平気で集まって、パブがパンクしてとかいうようなことを、
たまたま耳にして、そこと提携してみようかというかんじで、声かけてみたら乗ってきて。
いきなり成立しちゃったんですね。
参宮橋のオリンピックセンターに3泊4日かな、合宿的な感じで集まって。
昼間はダンスのワークショップとか楽器のワークショップとかやって、
夜はパブで交流イベントをやって、ライブイベントをやって、4日間、というような。
2月の最終週、ちょうど国立大学が入試の期間なんで、この期間ならいろんな大学が空いているだろうってことで、
平日にやったんです。まあICUとかは試験期間中にひっかかってたりして。
まあ、なかなか地方から参加するのは難しかったんですけど、首都圏の大学からはわりとばーっと集まって。

何人くらい集まったんですか?

延べ人数だと多分40−50人ぐらい。
まあ半分くらいはウチの大学で、半分くらいは東洋大学で、残りちらほら、っていう感じです。

収穫はありましたか?

一番大きかったのは、ダンスをやってみたことです。
アイリッシュってほとんど速い曲はダンスの音楽なんですね。
それをずっと演奏していながら、ダンスについて何も知らないというのは、まずいんじゃないかと。
まあ僕はちょこっとダンスの伴奏とかやってたんですけど、
やっぱりダンスを知らないと見えてこない部分があるなっていうのを肌で感じる部分があったんですね。
それでじゃあ、実際にダンスをやらなきゃいけないって思ってたんですけど、
ダンスをやるとなると、アイリッシュ系のダンスのサークルみたいなところは、
なんかこう、30代後半以上の人たちが社交ダンス的にやってるところが多くて、
一人で入っていくのって、凄いハードル高いんですよね。
それならばいっそのこと、ある空間に学生を全部放り込んで、
そこに外からそういう人たちを講師として呼んで、一斉にせーので始めよう、っていうことを思いついたんですよ。
実際にやってみたら、見てるのとやるのとじゃ大違いで、ものすごく面白くて、はまっていく学生がたくさんいて。
それを契機に、サークル内で、今までだったら新しい曲を覚えて
セッションをやって終わってたところに、ダンスっていうのが入ってきて。
代わる代わるダンスしたり、伴奏に回ったり、っていうことをやるようになったんですよね。
ほんと数ヶ月くらいの話なんですが。それが変化としては凄く大きくて。
今の1年生、かなり人数が入ってきたんですけど、ダンスをやりたいって言う子も最初から出てきたりとか。

アイリッシュのダンスってあんまり知らないんですが。上半身を動かさないやつとか?

あれはソロのステップダンスですね。
それではなくて、社交ダンス的な部分で、4カップルが内側を向いて円になって
いろんな複雑なフォーメーションでぐるぐる回るみたいな、
ちょっとタイタニックの映画の中で出てくるような、あれの複雑な感じですね。
だから実際こう、見た目そんなに派手ではないんですよ。
見せてっていうダンスではないんですけど、実際にやってみると、なんかこう、
豊島園でちょっとおもしろい乗り物に乗るよりは全然面白かったりするような。
遠心力と躍動感と不思議な感じが。
そのへんが、実際自分がダンスをした後になると、演奏の仕方が変わってくるんですよね。
こうやるとのり易いとか、のせられるとかっていうのを、お互いが共通認識として持っているので、
それを契機に全然演奏が変わってきてっていうところも、多分彼らにとってはおもしろいっていう感じだったと思うんですけど。

結構練習しないと踊れないものなんですか?

ダンスの方が、楽器よりはるかにハードルが低いですね。
だから、誰でも。
身体能力っていうのはそんなに高いものを要求されないですし、
向こうでは、おじちゃんやおばちゃんでも普通に踊れるような感じなんです。
なんで、さくっとやってしまえば本当に、一番短いひとかたまりなんかは15分くらいで覚えられたりとか。
そんなもんです。

盆踊り級ってことですか?

まあ、そうですね。それに近いと思います。
なので、1年生がぱーっと入ってきたときに、楽器をやるっていうと最初すごく大変なんですけど。
一番最初の曲を耳で覚えるっていったときには、すごくハードル高いんですけど。
ダンスはその場で楽しいところまで行っちゃうんです。
それで今年は1年生がたくさん残るっていうか、そういう感じですよね。

豊田さんは、一人で独走している訳じゃないんですね。
なんかこういうシーンっていうか、サークルと一緒にというか。いっぱい仲間がいるっていう。

僕がどうこうしているというよりは、彼らが自然とそうなってきて。
僕があんまり手を出さなかった時期っていうのが、ちょっと雰囲気が内向きで、陰々滅々としたかんじで。
なんか凄い険しい顔してやってたんですよ、みんな。
それで、ああこれはちょっとまずいなーと思って、ちょこちょこ遊びに行くようにして。
で、そういうことを投げるだけ投げて、あとは全部人任せにしてみたいなことなんで。
だから僕がやってというよりは今の現役の子がほとんどやって、引っ張っくれて、
そこにのっかって遊んでいるだけなんですよ。

O'Jizo結成

(e)SHUZO BAND について。これは学校の仲間とですか?

そうですね。100%学校の仲間とですね。
元々は4人だったんですけど。
4人で固定してた訳じゃなくて、Gケルトっていうサークルをやっているうちに、
少しずつ外から演奏してくれっていう依頼が入るようになって。
それが外向けに演奏するときになんか名前を付けようって時に、僕より学年が上の人が、
これ良いじゃんってギャグみたいにつけちゃったのが本当にそうなっちゃって、それで定着しちゃって。
もう、僕は口にするのも嫌でしたね、このバンド名(笑)。

これはインストアルバム?

1曲ゲスト(ボーカル)が入っているだけで、あとはインストですね。

このバンドは何年くらい活動したんですか?

ライブも頻繁にやってまして、2年間くらいかな。大学院を出たくらいまで。

どういう場所でライブをやってたんですか?

アイリッシュパブが多かったです。
月イチでっていうのが何軒かあって。
すごいちいさいところもあれば大きいところもあってという感じで。
一番最後は新宿ダブリナーズだったので。まあ、ほんとにどこでもっていう感じでしたね。

銀座にもアイリッシュパブ、いっぱいありますよね。

そうですね。でも銀座はもう無くなっちゃったんです、ダブリナーズ。大きなパブだったんですけど潰れちゃって。
あと、天王洲アイルのザ・ラウンドストーンとか。大崎のザ・シャノンズとか。
一番メインで月イチちゃんとずーっとやってたのが調布のケニーズっていう、まあちいさいお店なんですけど。
やっぱりなんか、都心よりちょっと離れたところの方が客層がいいんですよね。
サラリーマンの仕事帰りの飲み客(がいる店)よりは音楽を聴きにきてくれる落ち着いたパブっていう方が、面白かったんで。
そこは、1~2年くらいやらせていただいて。

今回のオムニバスに参加しているO'Jizoは、それと並行してやってたんですか?

それが終わってからですね。

ギターの長尾くんは同い年くらいですか。

僕より、二つ下かな。
最初はO'Jizoじゃなくて、Jizoで、彼とのデュオがスタートだったんです。
長尾晃司の「じ」、豊田耕三の「ぞう」でJizo。

じゃあ O は?

後でもう二人入ってきたときに、調布のケニーズにいつも来てくれているお客さんがぱっと発案してくれて、
あ、それおもしろいっていうんで決まった。
Jizoは2007年の7月くらいに結成。
長尾晃司が(e)SHUZOバンドが調布でライブをやっているときに2回くらい遊びにきてくれたんですよね。
僕もギターやってるんですよって言われて、ライブが終わった後にセッション的にやってみたら、
ああなんか結構うまいな、おもしろいなと思って。
いつかやってみたいなぐらいの話をしてっていう感じだったんですけど。
それで、大学院を修了してちょっとしてくらいのときに、ディズニーシーの仕事が来て。
アイリッシュ系のショーの前任者がわりと仲のいいアメリカ人で、彼が僕を推薦したいからって連絡してきて。
ある程度話が決まったときに、ギターがいないんだけど、誰かいない?って言われて、
で、今、長尾君どうしてるのかな、って連絡してみたら、たまたま、うまくフリーになる状態だったらしいんですよね。
それで一緒に仕事をやるようになって、それで、Jizoをやってみようかっていうスタートだったんです。

ディズニーシーにはアイルランドのコーナーがあるんですか?

ケープゴットステップアウトっていうショーだったんですけど。
海に張り出した、船の上のステージみたいなところで、
ダンサーさんと一緒にプチ・リバーダンスみたいなショーをやってました。
アイリッシュやリバーダンスの曲を使ってたりとか。
あとは、それ以外、5公演あったんですけど、最後の3公演がそのダンス公演で、
最初の2公演は、レストランとかでトラディショナルを演奏して回ってみたいな、そういう感じでした。

で、二人で、いろんなところで演奏を始めた訳ですね。

そうですね。調布の月イチのライブをそのまま、Jizoでやって。それ以外でもあちこちやってて。
ゲストで一人ずつ呼んでみようかっていうことを、落ち着いた頃からやり始めて、で、いろんな人を呼ぶようになったんです。
その中で、この人たちとはもっと一緒にやりたいなと思わされたのが、後で入ってきた二人なんですね。
中村大史は、もともと前のバンドでも一緒にやっていたんですよね。

中村さんも同い年くらいですか?

中村は僕の5こ下かな。内藤希花は7つ下ですね。

内藤さんはGケルトですか?

いえ。彼女は僕の高校の後輩なんで。オーケストラ部でコンサートミストレスをやってた子なんですけれど。

じゃあ当時はヴァイオリン?

ヴァイオリンでしたね。しばらくはアイリッシュとか全然やってなかったんですけど。

O'Jizoからフィドルに?

アイリッシュフィドルをやりはじめて、自分で知らぬ間に曲を憶えてきて、
ある程度、弾けるようになってきて、(O'Jizoの前の)Jizoに参加して、という感じです。

4人そろったのは?

2008年ですね。

このバンドは特殊な活動をしているんですか?全員でどこか行ったりとか。

何回かツアーをやってます。
西の方、北の方。最初の遠出は八ヶ岳です。
八ヶ岳の麓にパブがあって。
それはGケルトが毎年合宿でお世話になってるところで。

なんというところですか?

ブル&ベアっていうところなんですけど。甲斐大泉の。
かなりがっつり遠出のツアーは、最初は岡山、広島あたりだったと思います。
岡山の山奥、有漢町(うかんちょう)の公園、「石の風ぐるま」がある
広い斜面の芝生が広がるところでフェスティバルがあって。
そこで演奏して欲しいという事で。せっかくそこに行くなら、広島にも行きたいと。
広島は、実はアイリッシュが盛んな土地なんです。
パブがあって。広島県立大学にはアイリッシュのサークルがあって。
ならば広島の人たちと交流してみたいねということで、広島まで足を伸ばして。
僕の祖母の家が尾道にあって、その辺りを点々して帰ってくるツアーが最初でした。
その後、京都とか名古屋とかも行きました。
一番大きかったのは、去年の2月に車で大洗からフェリーで北海道に行って、帯広、札幌、函館、青森、仙台。
飛んで、富山に行って群馬の嬬恋に行って東京に帰ってくるみたいな。
むちゃくちゃな感じだったんですけど。

すごい走行距離ですねー

そうですね。北海道はほとんど雪。あんまり雪の多くない年だったにも関わらず寒波が来て。
吹雪いて吹雪いて。途中、ホワイトアウトとかあったりですね。
小さい軽のワゴンでスタッドレスですね。
ま、死にそうでしたね。
あ、死んだかなって、何回も思いましたね。

都内はどういうところでやってるんですか?

2年間くらいは調布のケニーズでやってるっていうのがベースにあって。
他に落合南長崎のビストロバーみたいなライブをよくやるところでやったり、下北沢とか、経堂とかのカフェ系のところ。
渋谷のダブリナーズ、ラウンドストーン(天王洲)、シャノンズ(大崎)。
それから上野に昔、チェスっていう小さいライブバーがあってそことか。
まあ、ちょこちょこ、ちょこちょこいろんなところで。

いわゆる、ライブハウスみたいなところではやらないのですか?

あんまりやってなかったんですよね。アイリッシュって基本ワンマンでやるってのが多くて。
アイリッシュパブでやる時は普通にミュージックチャージはフリーで
お店からギャラが出てというシステムになっているので、すごい横柄な話なんですけど、
ノルマを抱えてライブハウスに出るメリットがほとんどなかったんですよね。

確かに。ないですね。演奏の機会も十分ある訳だし。月に何回くらいやってるんですか。

かけもちのバンドも含めると月だいたい10本くらいやってます。

僕らは、ポピュラーミュージックのフィールドでやってるので、月に10回も都内でライブやったってお客さん来ないです。
ライブ回数を減らしたりする訳ですよ。そうすると全然上手くならない。ツアーやるしかない。

へー。今回のCD聴いて一番びっくりしたのは、演奏能力が圧倒的にすごいっていうことなんです。
ライブで鍛えられてるから、まるっきり違うんですよ。同世代の別ジャンルのバンドと比べて。
ライブ年間100本超える訳でしょ。軽く。そりゃもう、全然違うよね。

集中する月は、月に25本とかいうこともありました。そこまでいっちゃうといやになってくるんですけど。

かなり稼げるっていうことですよね。

稼げないから本数必要っていうことなんだとおもうんです、多分。

逆に言うと、そういうところでスケジュールがいっぱいになってるから、
世の中の普通の人が知る機会がほとんどないよね。

それはあると思います。

アイリッシュが好きな人は知ってるかもしれないけど。一般の人がこの音楽に触れる機会があんまりない。

それは言える・・・。

で、触れたらびっくりするんじゃないかって思います。僕はその演奏レベルの高さにびっくりしてて。
イメージとしては、なんちゃってなものというふうに思っていた。
他の国の民族音楽を日本人がやるっていう事の無理な感じがあるんじゃないかと。
でも、レベルが、なんちゃってなレベルじゃないんで。そこはびっくりした。

自分達の感覚では、まだそこが拭いきれていないんじゃないかという、そういう感覚があるからだと思いますけれど。

その向上心があるからね。バックグラウンドもちゃんとあるっていうか。
ただなぜそうなのかっていうのは判らなかった。でも、今日の話を聞いて大分判ったっていうか。
これまで、欧米の音楽を日本人がやるときに単なる物まねというレベルでやらざるをえなかったのが、
今回のCDに参加した人たちは、少し違ったものを感じる。

個々人でいったら、やっぱり同じ事をやってると思うんです。
自分の中に神様がいて、それをどん欲に盗んで、
そいつの哲学まで吸い尽くしてみたいなことをやっている人間の方が、全然、圧倒的に伸びるんで。
僕自身もそうしてきたし。
ただ、それを、例えば、ロックとかポップスみたいにコピーバンドみたいな形では作らないので、
そこは見えづらいと思うんですよね。コピーしてますっていうのは。
個人が先にそういう事をやった上で、作り上げるものはまた別っていう、そういうところだと思うんですけれど。
無理をしてるといえばしてるし、背伸びもしてますしみたいな感じですよね。

「日本人にしか出来ない、でも、アイリッシュの方法を丸呑みした表現がもしかしたら出来るかも知れない、っていうんで、じゃあこの音楽を本気でやろう、と」

今後も、ずっとアイルランドの音楽を続けて行くのですか?

そうですね。はい。アイルランドの音楽だけをどっぷりという訳ではなくて。
わりと真逆のベクトルの方、両方を広げて行きたいと思っています。
この楽器を使ってアイリッシュテイストじゃない事は今も別の活動でやっています。
詩と音楽のコラボレーションとか。
そっちはそっちでやるんですけど、そういうことだけをやっていくと、
すごくトラディショナルの語法とかトラディショナルに対してどうしても引け目とか負い目とかを感じ続けなきゃいけなくなる。
さっきの真似してっていう部分をどうしても払いきれなくなるんで、そっちはそっちで正面切って堂々と勝負したい。

なので、この夏またアイルランドに行って来ます。
向こうに最初に行ったときにアイリッシュのトップのプレイヤー達、本当に神様レベルの人たちがやってるのを聴いて、
彼らの演奏が、トラディショナルの枠に収まってないっていうのをものすごく強く感じたんですよね。
もちろんアイリッシュの語法にのっとってるんですけど。
彼らはクラシックとかポピュラーとかいろんな音楽を貪欲に吸収した上で、
あたかもトラディショナルをそのままやっているかのように見せてるんですね。
全然(アイリッシュを)聞いた事のない人を巻き込めるような求心力を、
いかにその音楽に持たせるか、ということをすごく緻密に計算している。
そのくせ、それを全く表に出さないで隠れてやってる、っていうことに気がついたんですよ。
それが2006年とか、それくらいだったんですけど。
フェスティバルとかで、本当に上手い演奏をしているアマチュアのトップの人たちが一緒に隣で聞いていて、
聞き終わるごとに、ジーザスとか、スケアリーとかなんとかって、もう驚愕しちゃってるっていう。
だから、自分達のヒエラルキーの延長上に彼らがいないっていう事を、
漠然と肌で感じているんだろうな、っていう構図がそこでぱっと見えたんですよ。

それなら、自分がやる意味がある。
というか、アイルランド人になれなきゃ、アイリッシュ音楽が面白く出来ないんだったら、
それはアイルランド人がやれば良い話で、自分がやる必要はないけれど、
アイルランドにいてずーっとやってるだけでは辿り着けない所にいるっていうんだったら、
異なるバックグラウンドを持っている自分の方が有利じゃないかっていう。
なんか日本人にしか出来ない、でも、アイリッシュの方法を丸呑みした表現がもしかしたら出来るかも知れない、
っていうんで、じゃあこの音楽を本気でやろう、っていうふうに思ったんです。

そこです。そこが聞きたかったんです。

アイルランドのアマチュアって、ものすごく層が厚いんですよね。
レベルの高い人もいっぱいいて。
でも、それはアイリッシュ音楽がすごく好きな人にはたまらないものなんですけど、
楽器をやってなかったり、興味のない人にとっては、みんな一緒に聞こえる危険性があるんですよ。
その一方で、トップ・プロの人間は別のジャンルの要素を取り入れて、
アイリッシュ・トラディショナルの枠からはみ出る事をやっている。
ということは、そのヒエラルキーの中でどんなに上手くなって登り詰めても、
その延長線上には、誰でも引きつける音楽はない、っていう事なんですよね。

そのトップ・プロっていうのは?

そのとき見たのは、マーティン・オコナー、ボタン・アコーディオンの神様みたいな人と。
あと、彼と一緒にやっているカハル・ヘイデン、フィドルとバンジョーを弾く人。この人もべらぼうに上手い人。
それから、シェイマス・オダウド、ダービッシュとかで一時ギターを弾いてた人で、マルチでいろんな楽器を弾いてた人。
その3人で。たった3人だったんです。
それでもちょっと信じ難い演奏だったんです。
だから、OJizoっていうバンドは、そういうところを主眼としていると言えば言えます。

それは、感じました。

やっぱり、聞いた事のない人をどれだけ惹き付けられるかが勝負っていうふうに、
あらゆるセットを組んでる、っていう感じですね。

最初のフィドルでもう惹き付けられちゃいますよね。

こんなこと言ったらまずいんですけど、あれ録ったの3月だっけ。
もうフィドル変わっちゃってるんですよ(笑)。
成長しちゃってるんですよ、その後に。
もう明らかに違うんですよね。
ほんとうにそこが、何回録ってもそういうことになってしまって申し訳ないかんじなんですけど。

すごく伸びてる訳ですね、内藤さん。

そうですね。

ほんと、新世代、楽しみですね。オリジナルとかは作らないんですか。

ちらほら作ってますね。僕が書いたり、中村が書いたり。
そんなに次々書いてじゃないですけど。
気が向いたときにちらっと書いて。

豊田耕三さんとしての夢を教えて下さい。

そうですねー。
最終的には、アイリッシュだからっていうのを全部とぱらって、
ひとつの音で人を惹き付けて、感動させたい、それですね。
僕はそんなに器用な方じゃないんで、いろんな事が出来てとか、速く弾けてとかないんで、
どっちかっていうと削ぎ落として削ぎ落として、音数減らして、ドッっていうその一音が、
重みをっていうような発想の人間なんで。
これだけダンスの曲やっていながら、ゆっくりの曲の方が圧倒的に好きなんですよ。
なので、アイリッシュのグルーヴっていうところに今、真っ向勝負していながら、やっぱり今はスローの方が得意ですね。

いろんな曲を聞いてみたいですね。来週からアイルランドですね。お気をつけて!

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コメント: 1
  • #1

    Abner (日曜日, 22 7月 2012 08:32)

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