インタビュー: 五社義明

世界レベルのハイランド・パイプ・プレーヤーとして活躍する五社義明さん。
まさに「熱い男」です。
まず、この楽器について教えてもらいました。
そして、後半の、習得するための根性物語。考え抜き、努力を続ける様に脱帽です。

 

 

バグパイプ概論、そしてアイルランドとスコットランドの違い

まず、バグパイプについて教えて下さい。
僕、昔、ニューヨークに行ったときに、ちょうどセントパトリックデーで、
街にものすごいたくさんの人がチェックのスカートを着てバグパイプを演奏しててびっくりしました。
あと、スコットランド以外でも、東欧の民族音楽なんかにもバグパイプが入ってたり。
すみません、自分の興味なんですが、そんなふうに、なんかバグパイプっていろんなところで聴くんだけど
いまひとつ、つかめなくて・・・。

僕も1999年のニューヨーク、セントパトリックデーのパレードに出ましたよ。
バグパイプって、基本的には、バッグ=袋に、パイプがついているからバグパイプなんですけれども。
起源は中東って言われてます。
中東から、民族の大移動、例えば、ケルト人の移動とか、アーリア人の移動とか、それに合わせて、ヨーロッパの全土にばーっと広がって行ったと言われている楽器なんですね。
最初の形態っていうのは、口から息を吹き込みながら、一本のドローンという「ブー」って鳴っている音を出す部分と、
あと、チャンターというメロディを鳴らす部分とで構成されている、まあ、シンプルなやつだったんですけど。
例えば、チャルメラとかオーボエとか、リード楽器の先祖だというふうにも言われています。
それが、ヨーロッパ中に伝播して、おのおので進化して、今のバグパイプというものがあって。
バグパイプとひとことで言っても、だいたい30から40種類くらい、世界中にあります。
それが日本とか中国にも渡って。中国では、名前忘れたんですけど、ひょうたんに笛がついてるのがあります。
日本では、雅楽の笙とか。

笙もそうなんですか!

そうです。あれは多分、ドローンを改造したかたちです。あとは龍笛とか。
で、ヨーロッパでは、そこからかたちを変えて、ボンバルドていう、フランスの方のチャルメラの先祖みたいなのがあります。
指使いはホイッスルと同じかんじです。
そこから紆余曲折して、とんでもない形になったりしながら、今のクラシック楽器に収束していく、と。
オーボエとか。リード楽器の先祖みたいな位置になる、と言われています。

その古いかたちを留めているのが、今のバグパイプっていうことになるんですか?

いま、僕がやっているバグパイプは、スコットランドで発展した最終形みたいなかたちですね。

スコットランドのバグパイプと、アイルランドのでは違う訳ですか?

全然違います。形も違うし、演奏方法も違います。指使いも異なってきていますし、音域も違います。
同じなのは、ダブルリードを使っている、バッグがついている、その2点。

管の数も違うんですか?

イーリアンパイプ(アイルランドのバグパイプ)の場合、最大3本のドローン管の他に、
レギュレータっていう和音を出せる管がついています。
スコットランドのバグパイプはドローン管が3本だけしかついていないんです。
それが単純に、ぼーって鳴ってるだけ。まず、そこが違いですね。

トシ: 構造としてはイーリアンパイプの方がより複雑になります。
イーリアンパイプには、鞴(ふいご)がついています。呼気の代わりに鞴を使うんです。

スコットランドのバグパイプは、口から空気を入れて、そのパイプにリードがついていて、それを一気に鳴らす、という。
音のチューニングも、スライドみたいな所を伸ばしたり縮めたりするだけ。

五社さんは、両方演奏するんですか?

私は、イーリアンは演奏できません。全然違う楽器ですね。

「キャンディ・キャンディ」はこっちですよね、スコットランドのほう。

そうですね。ハイランド・パイプとも呼びます。特徴的なのは、もうひとつ、音量が全く違います。
ハイランドの方は、戦意鼓舞に使われていた。
戦争とかで、ほら貝みたいな、あんなイメージで使われたりする側面もあるので、音がでかいんですよ。
一方、イーリアンパイプの場合は、室内が中心ですもんね。
一時期アイルランドが占領されてた時に、アイルランド音楽禁止というのもあって、
室内だけで聞こえる、音が小さい、というのが特徴的です。音量が違います。

バグパイプはこの二つ以外にもいろいろあるんですよね。

いっぱいありますね。

トシ: 例えば、スペインのガリシアっていう地域にはガイタっていうパイプがあります。
これは、カルロス・ヌニェスっていうプレイヤーが「ゲド戦記」で使ってるんですよ。ハイランドのによく似ていて。

ドローンが2本しかなくて。

ドローン管が複数あるっていう事は、和音が出るんですか?

出ますね。Bフラットの重奏低音になっています。
一番長いのがBフラットの一番低い音を鳴らしてて、2本の短いやつは、さらに1オクターヴ上のBフラット。
さらに1オクターヴ上の音階でチャンターっていうのでメロディーをやってるみたいな。

下の方で笛みたいなのをやってるのが、

チャンターです。それがメロディーラインをすべて構成するんです。
もうひとつ、音階の量が、イーリアンパイプとハイランドパイプでは違うんですけど。
ハイランドパイプが例外的に少ないのかな。音階が9音しかないんです。1オクターブしか鳴らない。
その中で演奏するという形式で。他のバグパイプは概ね2オクターヴぐらいだったりするんですけど。

この楽器で合奏すると。

そうですね。20人、40人とかで。

同じ楽器を使うんですか。それとも、バス・バグパイプや、ソプラノ・バグパイプがあるとか?

ないです。すべて同じバグパイプでユニゾンをやるんです。多分、究極のユニゾン楽器のひとつだと思います。

へー。低音部分とか微妙にずれたりしないんですか。

そこらへんのピッチの話は、全員、完璧にそろえるっていうのが、ハイランドパイプの世界なんです。
トップバンドになると、30人とかが吹いていても、ひとつの音しか聞こえないんですよ。
ひとりが吹いているようにしか聞こえない。それぐらいまでピッチを合わせるんです。

人数が多いっていう事は、遠くまで届けるということですか?

そうですねー。
パイプバンドって、バグパイプが20人くらいいて、ベースドラムが1人、スネアドラムががだいたい5人から8人、
テナードラムが2人、これが基本形態です。

セントパトリックディで演奏するのも、同じ形式ですか?

あれはパレードなんで、パイプバンドが何個も何個も出てるんですよ。
同じ柄のキルト(スカートですね)をはいているのが同じチームなんです。

そうかー。え?じゃあ、スコットランンドの人が来てやってるんですか、あれは?
つまり、スコットランドのハイランドパイプのチームが。(アイルランドの)イーリアンパイプじゃなくって。

そうです。

ニューヨークのセントパトリックディって、アイルランドのお祭りなのに、スコットランドの楽器でやってるんだ。

そうなんです。

そこの謎を解明したいなー。

おそらく、派手だからだと思うんですよ。目立つじゃないですか、パレードで。

そうか。キャンディ・キャンディとアイルランドが一緒になってるんだよなー、自分のイメージの中で。

トシ: そこは、ひとつ誤解の元なんですよね。今回のCDはその誤解を助長するような形で、
ハイランドパイプの五社さんにご参加いただいたんですけど(笑)。

例えば、向こうで、アイルランドのバンドに、ハイランドパイプが入るような事もあるんですか?

アイリッシュ・パンクと呼ばれている一部のバンドに、ハイランドパイプが入る事もあります。

スコットランドとアイルランドって仲良しなんですか?

トシ: 仲良しっていうか。文化的ルーツは同じですよね。

ケルト系っていう事で?

トシ: そうです。で、当然ですけど、やってる音楽の共通点はすごく多いです。
でも、スコットランドは政治的にはイギリス、UKで。

ただスコットランドもイギリスっていう国の中にいながらも、独立したいっていう思いが強い。
そういう意味では(アイルランドに)シンパシーを感じる部分もあるので、
イングランドの人たちとよりは、アイルランドとの方が仲がいいと思います。

トシ: 行けば判ると思いますが、スコットランドは、アイルランドに近いですよ、アイルランド的な風情が強いです。
イングランドからスコットランドに入ったときに、ぐっとアイルランド寄りになるんですよね。

セントパトリックディは、アイルランドの人たちがアイルランドのバグパイプを演奏してるんだと思ってた。

基本的にはセントパトリック・パレードはそうあるべきなんですけど・・・。
ストリートをパレードするってなると、アイリッシュミュージックの楽器だけだと、パワーが弱い。

アイルランドからの移民がアメリカにたくさんいて、ルーツはアイルランドなんだけど、
ハイランドパイプを演奏する、みたいなのって、ふつうにあるんでしょうか?

そういうケースもあると思いますね。アイルランド音楽にも、ハイランドパイプを使用するバンドは無数にあります。
ひとつだけ違うのは、キルトの柄が違います。スコットランド人の場合は、いわゆるタータンチェック。
アイルランド人の場合は無地なんです。

そうなんだー。

ワールドチャンピオンシップっていうのを8月にスコットランドでやってるんですけど、
そういうときに、スコットランド人かアイルランド人かを見分けるのも、キルトがチェックか無地かっていう。

五社さんが出演なさった時は?

僕らが東京パイプバンドで行った時は、ロイヤル・スチュワートって言って、イギリス王家のタータンですね。
タータンって基本的に許可制なんですよ。
使うときに本来は許可が必要で、許可が必要なのと、必要ないのと、2種類あるんです。
で、許可の必要ない部類に入るのが、ロイヤル・スチュワート。
日本で、赤と黒のチェックってよくあるじゃなですか。あれってロイヤル・スチュワートなんですよ。
許可の必要がないから日本で使われてるって言う。

へー。

あれって、家紋と同じで、家を、家柄を示すんですよね。
例えば、フレイザー家だと(厳密に言えばフレイザー家も、いっぱい種類があるんですが)、
フレイザー家っていうタータンがあって、それはフレイザー家の氏族たちしかつけない。
もしこの人たちのこれを使いたいっていうんだったら、正式な許可をもらわないと揉める元になりますし。
それを管理しているタータン管理局みたいなのがスコットランドにあって、自分のタータンももちろん作れるんですが、
そこに登録するのに100万円とか、200万円とかかかるらしいです。
それはあくまでも、タータンっていう考え方自体がスコティッシュなんで、アイリッシュの人たちは、
けっしてそこまで仲が悪い訳ではないけれど、俺たちはスコティッシュじゃないっていう意味で
無地を使うというのが多いですね。

アイルランドとスコットランドって結構違うんですよね。

トシ: だから、今回のコンピに五社さんをお誘いするときに、結構迷いました。

最初、僕も聞きましたよ、「え、いいんですか?」って。

トシ: でも実際、五社さんは、楽器はスコティッシュでも、曲はアイリッシュのをやってたりとか。

そうですね。今回のセットのうち、2曲はアイルランドゆかりのものが入ってます。

これって、ハイランドパイプの基本チューンだったりするんですか?

いや、僕が好きで選んだんですけど。

トシ: ハイランドパイプで、このアイリッシュのダンスチューンをやるのは、結構技術的に難しいんじゃじないですか?

まあ、そうですね。難しい部分もあります。
ただ、日本人という事で言うと、速い曲をやるのを、日本人が結構苦手としている傾向があると思います。

トシ: ダンスチューンを、ハイランドパイプですごく滑らかに弾ける、っていうのが、五社さんの特徴ですね。

「装飾音符だけで200種類以上あって、それを正確にきれいに吹くっていうのがテーマのひとつなんです」

日本には、ハイランドパイプの演奏者は何人くらいいるんですか。

おそらく2000人くらいは潜在的にはいるんでしょうね。
バグパイプを持っている、もしくは演奏した事がある、という人を含めてですね。
基本的に、バンド形式で出来るんで、やっていればだんだん集まってくるんでしょうけれど、抜ける人も多いんですよ。
日本で今、バグパイプのバンドで活動しているのが、長崎に1個、大阪にひとつ、東京にひとつ、千葉にひとつ。
前は北海道にもひとつありました。東京パイプバンドは、現状、一番力を持ってるかな。

お父さんは今も在籍していらっしゃいますか?

そうですね。現役でやってます。

これは、みんなハイランドパイプなんですか。

そうですね。ハイランドパイプです。完全にユニゾンで演奏します。

トシ: イーリアンパイプより、ハイランドパイプの方が日本では普及しています。

イーリアンパイプは、百人もいないんじゃないですか。

これ、両方やったりしないんですか。

ひとりだけ知ってます。仙台の人を。
日本ではあんまりいないんですが、海外ではハイランドパイプからイーリアンパイプに転向する人がけっこういます。
ハイランドパイプの特徴って指使いなんですね。音が少ない。1オクターブしかない。
その中で、装飾音符を徹底的に磨き上げようっていう。装飾音符だけで200種類以上あって、
それを正確にきれいに吹くっていうのがテーマのひとつなんです。すごいでかいテーマなんですけど。
であるがゆえに、ハイランドパイプから他の楽器に転向可能なくらい指が鍛えられる、という側面がありまして。
そういうので転向するっていうケースがあります。
前にイーリアンパイパーに聞いた事があるんですけど、ハイランドからイーリアンに転向する事は出来るけど、
イーリアンからハイランドに転向するのは極めて難しい、と、そういう感じらしいです。

へー。

基本的な装飾音符がだいたい20種類くらいあるんです。
一般的な流れで言うと、それを勉強して、ちゃんと憶えて、まあこれで良いんじゃないのって
言われるようになるまで半年かかる。そこから曲にはじめて入る。

初心者の人は、半年は曲を弾けないというくらい難しい?

難しいですね。

トシ: ハイランドパイプは、ある程度一人前だね、って言われるまでにだいたいどれくらいかかるんですか?

一人前の定義って難しいんですけど・・・。
通説で言うと7年と言われています。7年やってる人じゃないとものにならない、と。
ただ、それは世界のトップパイパーに聞いたんですけどね。

かなり敷居が高いですね。

ちょっと高いですね。

楽器の値段はどれくらいなんですか。

14万円から18万円くらいで買えます。

買おうと思えば、買えない値段ではないですね。

そうですね。
7年というのは、音楽を楽しむっていう観点じゃなくて、トップのプロになるためにはっていう観点だと思うので。
音楽を楽しむということには、敷居ってないんじゃないかと思いますね。
ただ、伝統楽器をやる上で、という日本人の捉え方っていうのが、いきなりトップを目指すっていう観点になっちゃうので、
それが敷居を高くしてるっていう側面が否めないかなって個人的には思います。

トシ: でも五社さんは、その敷居の高さをくぐって、いま、現状があるわけじゃないですか。

それは単純に僕がやりたかっただけなんですよ。

トシ: それを、門下生の方や、今から始める人には、同じようには強要しない、と。

僕は好きじゃないですね。なぜかっていうと、音楽なんで。
なぜ音楽をやるのに苦しまなければならないの、っていうのを僕は思ってるんですよ。
もし僕みたいなプレイヤーになりたいとか、もっともっと上を目指したいっていうのであれば、
目指さなきゃいけない壁っていっぱいあるから、そのためには、7年とかかけても上手くなる必要があるよ、
っていうのは言いますよ。ただ、それはそれだけの話で。
目指す目的地の差にしかならないのかな、と、僕は思っています。
楽しむんだったら、ただ普通に練習してるだけでも楽しいっていう人はいっぱいいるし。
曲で、例えば、アメイジンググレイスを吹けるだけでも単純に楽しい。

例えば、トランペットって、音が出せるまでに大変じゃないですか。バグパイプもそういうようなものなんですか。

そうですね(笑)。大変でしょうね。

トシ: やってみたら判りますが、まず、息が続かないですよ。音が出ないです。
袋に息を入れるだけで精一杯です。それだけで肺活量を使い切っちゃって、チャンター管まで息が伝わんないですよ。

そうですね。

トシ: 音が出たら超ラッキーですよ。

なんていうか仕組みの差だと思うんですけど。
トランペットって、基本的には唇を震わせてっていう、その唇を震わせる事に慣れるまでに時間がかかります。
ハイランドパイプは、唇を震わせるっていうかたちじゃなくて、ただ空気を入れてっていうかたちなんですけど、
空気を入れて、バッグを膨らませて、息継ぎをしている間、バッグを押す、っていう作業が、
演奏以外に発生するんですよね。そこの複雑さになかなか慣れないっていう人が多いですね。
仕組み的には、ただ空気を入れるだけなので、まあ、簡単と言えば簡単。
でも、タイミングとか含めて考えると、やっぱり難しい、というふうには言われます。

「ある意味、アスリートに近いですよ」

僕は20年やってるんですけど、体がおかしい筋肉のつき方になるんですよ。

例えば?

例えばここを触ってみていただけますか。(と、唇の横、頬の前を示す)

(触ってみる)えー!すごい!なんで?すごく筋肉が発達してて、固い。

空気を入れるんですけど、空気の圧力が一定以上必要なんですね。
肺活量ってよく言われるんですけど、肺活量が必要なわけじゃないんですよ。
空気をどれだけ入れられるか、パワーが必要なんですよ。
例えて言うと、風船を膨らます時の一息目ってすごいじゃないですか。あれが、ずっと持続してる感じなんですよ。
だからここの筋肉がついている。

へー。どうやって?

ひたすら吹いてればこうなります。あとはここの筋肉ですね。こっちとこっちじゃ、つき方が違う。(右胸と左胸を示す)

左がすごい!

そう。こっちはぐーって袋を押してるから。こっちの筋肉だけがつくんですよ。

すごいなー。

ある意味、アスリートに近いですよ。

1日何時間とか、自分に課しているんですか。

昔はやってましたねー。昔はほんと、アホみたいにやってて。72時間連続っていうのをやった事があります。

え?

寝るのも忘れて、飲まず食わずで、ひたすら。上手くならない事自体が許せなくて。

それ、いつ頃ですか?

20代前半です。

はじめて7年は経っていて・・・。

そうですね。僕、尋常じゃないスピードで上手くなったらしいんですよ。
ただ、ある一定以上にあがりたいっていうのを自覚していて、そこからもっと上に行くためには
何をしたらいいかというので、考えたときに、やっぱり練習しかないだろうと。
で、練習もただ漫然と練習してるだけではダメだろうっていうので、ひたすらいろんなことを考えて。
それで結局72時間っていうのになっちゃったんです。
例えば、バグパイプで指で、装飾音符をやるっていうのがあると。
耳で聞いていて自分で納得のいく装飾音符って出来ないってなると、一音一音を分解するんです。
例えば、人差し指を何ミリ、あるいは何コンマ何ミリ上げればベストの音になるかっていうのを、
ひたすらやるので、指の上げ下げだけで5時間練習したことがあります。ただひたすらこれだけです。
ノギスをあてて。この指の形が、こうなってもダメだし、こうなってもダメ(と実演)っていうのをいろいろ考える。
なんでこの高さとかが関係あるのか、っていうのもあるんですけど。
バグパイプって、キー楽器じゃなくて、指がキーみたいになるんですよね。
だから指の高さで音が微妙に変わるっていうのがあって。
で、どこがベストの音なのか。
次の音に移るために、あまり高く上げすぎると、動作が大きくなっちゃうけど、低すぎると今度は音が変わっちゃう。
じゃあどこがベストなの、っていうのを測るのに、定規をあてて、ここらへんかなーと。あとはそれをトレースする練習。
ひたすらそれだけをやってましたね。

そういうのって、なんていうの。ほんと、アスリートですよね。

そうですね。
装飾音符を構成する指使いの、指の上げ方って、どの音でも違いますし、
同じ装飾音符でも曲調によって絶対変わるはずだ、っていうのを、僕の中で仮説として持っていて。
じゃあ、そのためには何をすればいいのかっていう時に、その一音の中の、指のスピードであったり、高さであったり、
指を離す角度であったり、そういうのをいろいろ考えて。
場合によってはひとつの装飾音符をだいたい20種類くらい弾き分ける時があります。っ
ていうのをひたすら積み重ねて。考えて。なんでそんな事をやったかって言うと、
バグパイプをその時期僕に教えてくれる人は、日本にはほぼ誰もいない状況だったんですよね。
海外に行くっていうのも、まあ、当時付き合っていた彼女とかもいたりして、諸々あったりしつつ、
じゃあどうしたらいいんだろうって考えたときに、じゃあ、ひらすら自分で、理詰めでどこまで出来るかっていうのを、
考えてみるのもいいんじゃないっていうのが結論としてあって。で、アスリートを参考にしたんですよ。
例えばゴルフの選手とかって、バンカーにボールを置いて、向こうにバケツを置いて、そこに入れる練習をする。
であれば同じように、バグパイプであったら、指を動かすときに、同じ所をトレースするんであれば、
基本的に同じ音になるんではないかな、というのが仮説としてあって。
あとは海外の上手いプレイヤー達の、当時ビデオしかなかったんで、それを持ってきてスローで回して、
その指の動きをトレースして、どこがベストなのか、自分の指の形から考えたら、どこがベストなのかって。
そうなってくると解剖学とか勉強はじめて。手首の角度はどうか、肘の角度はどうか、肩の位置はどうか、とか。
そういうのを全部トレースしながら、ベストはどういう動きをするか。
かつ、それにプラス、パフォーマンスとして見せるときにはどうあるべきなのか、というのをあわせて考えたりして。

つまり、自分でそれを開発していったと。

はい、そうですね。

そこまでやる人ってあんまりいないんじゃないの?

多分、そこは自負なんだと思うんですけど。プライドでもある。
僕以上に考えてる人は多分いないっていう思いがあるので。
この世界に。
一番嬉しかったのは、海外のプレイヤーが僕のプレイを観たときに「独特だよね」て言ってくれたことです。
他にこういう考えでやってる人はそんなにいないから。おもしろい、オンリーワンみたいな感じで。

トシ: そこが、五社さんがスコットランドの伝統楽器をやっていても世界と戦える、という。

自信のひとつですね。

五社さんの歴史1 栄光の10代

まず、五社さんは何年生まれですか?

昭和51年、1976年5月です。今年で34です。

ご出身は?

生まれは東京、育ったのは横須賀です。
横須賀だから、バグパイプってわけじゃなく、ただ単にウチの親父が、ベン・ハーかなんかでバグパイプが鳴ってて、
それでどうしてもやりたいって見つけてきて。
気付いた頃にはバグパイプが四六時中鳴ってたっていう環境だったんですよ。
もの心つく前から、ご飯の時間、車に乗ってる時間、寝てる時間・・・。
学校に行ってる時間以外はほとんど聞いてたっていうくらいで。

お父様は有名なバグパイプ奏者なんですね。

有名なってわけじゃないんですけど。
東京パイプバンドっていう、有名なのかな・・・。日本で一番最初にバグパイプを組織的にやったバンド。
だいたいアベレージで20人から40人のパイパーがいる、そこのメンバーでした。

英才教育をされていた?

いや、そういうつもりもなく、いいだろ、これって、いうかんじで。
習慣で、寝るときにはバグパイプの曲を聴いたりして。

11歳で弾き始めたっていうのは、なにかきっかけがあったんですか?

いや。風呂場で親父が「やる?」って言って、「あ、やる」って。そんなノリですね。

星一徹みたいなシゴキとかあったんですか?

いや、そういうんじゃなくてですね。とっても軽いノリだったんです。すぐ楽器を持ってきてくれて。
聞かされ続けてたじゃないですか。もう耳に入ってるんですよね、音が。
何が正しいのかって自分の中にあるから。(成長が)半端ないスピードだったらしいんですよ。
装飾音符は1週間で覚えたんですよ。

習得まで半年といわれているものを?

ええ。で、次の週にはアメイジング・グレイスをやって。
その次の曲は、スコットランド・ザ・ブレイブっていうのをやって。
その次の週にはグリーンヒルという基礎的な曲を。
1ヶ月後くらいにはパイプバンドのメドレーをやってました。
1年後にはコンペティションに出て、そのパイプバンドで優勝とかしちゃって。

1年後ってことは、12歳?

そうですね。12歳の終り頃。

そのコンペティションはどこでやっていたんですか?

香港です。アジア大会というのがあって。

そこで優勝?すごいねー。

で、14歳か15歳のときにアメリカの大会に出て、2ジャンルかな、ソロで1位になったんです。

1位?ソロで?すごいねー。

っていうのがありましたね。それ以降はあんまり。コンペティション自体に興味が持てなくて。

中学の頃は、部活動とかせずに、こればっかりだったんですか?

そうですね、何か入らなきゃいけなかったので、一応、文化部みたいなのに籍は置いていたんですけど。
高校の時は、あまりにも、孤立というか、バグパイプを吹く人が周りに居なさすぎて、楽しくなくなっちゃったんですよね。
で、みんなでやる楽器もちょっとやってみたいなって、吹奏楽をはじめて。

楽器は?

オーボエですね。最初はトロンボーンだったんですけど。
オーボエやってて面白いな、と思ったのは、オーボエってリード楽器じゃないですか。
で、自分でリードを作らなきゃいけないっていうのもあったので。
バグパイブのリードと相通ずる部分があったりして。こうやったらこうなるんだ、って。

調整をするんですか?

調整じゃなくてゼロから作るんです。
葦を買ってきて、割って、型にはめて、リードの形にして、削って自分のリードっていうのを作っていくんですよ。
イーリアンパイプもそうなんですけどね。一枚を棒にして、それを折り畳んで。

仕組みについては共通するところがあると。

そうですね。思わぬ成果っていうか。当時はあんまり意識していなかったんですけど。
一時は、そこまでがっつりやってなかったんですけど。まあ、パイプバンドには所属していて。
高校の終り頃に、ロリアンである世界最大のケルティック・フェスティバルに、東京パイプバンドで参加しまして。
当時、アジア人で10代でバグパイプやってる人って皆無だったんですね。
なんで、フランスの新聞やテレビとが取材しにきたりとか。
東京パイプバンドとしても、マジックナイトっていうイベントに出たり、パレードしたり。
で、まあ、そのころはバグパイプに対してそこまで情熱的じゃなかったんですよ。
周りに、ほんと、誰もいなかったんで。あれは、けっこう孤独感がありましたね。
やっても、変なやつって見られるのが、もう、悲しくってしょうがない。
ある意味、コンプレックスみたいになってたんでしょうね。
バグパイプをとことん考えて、いくら上手くなったとしても、パイプバンドのメンバーも僕より全然下になっちゃって。
18歳くらいでパイプバンドのトップ3に入ってたんですよ。そうなっちゃうと、やっぱりなんか。
僕の幼稚園の頃を知ってる人たちばかりなので、技術的にどうのこうのというより、家族みたいな感じで、捉え方が。
客観的な技術評価っていうのをしてもらったことがあんまりない、というか。
そして、同年代と比較する事も出来ないし。どうしたらいいんだろうっていうのがありましたね。
すごい孤独で、いろんな楽器をやってみたりして。どうしたらいいんだろって、考えてました。

まわりの同世代が聞くような、ロックとか、J-POPとか、に興味はなかったんですか?

一応、ちょこちょこ聞いたりしていましたけど、興味は持ってなかったですね。
バグパイプの方が圧倒的に興味がありましたね。
バグパイプだと、自分がやれるので、聞けばできるので。
それがすごく楽しくて。
いろんな曲を聴いて、その次の日にはすぐ出来るようになった、というのをよくやってましたね。

向こうのCDやビデオを買ってきて、ということをこの当時からやっていたのですか?

そうですね。
当時はインターネットとかなかったので、手に入りにくいので、向こうに行った人たちに頼んで買ってきてもらったり。

六本木のWAVEに行っても売ってないと。

一切売ってないです。売ってたとしても、日本で当時売ってたのは、本当にショボいというか。
世界の低レベルな方の演奏しかなかったです。それが悲しいところで。
そういうのしかなかったんで、あんまり参考にもならない。
サッカーとかで言うと、バルセロナとかレアル・マドリードとかあるじゃないですか、
ああいうレベルのバンドが世界に君臨してるんだけど、
日本では草サッカーのものしか手に入らない、みたいな状況だったんです。

リアルタイムで最高峰の演奏が新録されたものが出ていたんですか?

当時はありましたね。
バグパイプのバンドは結構遅れてはいたんで、何枚かCDを作るっていう兆候がその当時、出始めていた頃ですね。
音が緻密なんですね、トップバンドになると。
20人で吹いてるのに、1本にしか聞こえないっていうのが、当時、本当に衝撃で。
いや、すげーなーって。ちょうどその頃からパイプバンドのレベルも格段に上がり始めた頃で。
世界的に。バグパイプってグレード制コンペティションっていうのがあって。
グレード1、2、3、4、5っていうのがあって。1は一番トップ、5が一番下。
当時日本は4から3というレベルだったんですね。
個々のレベルは、自分達が聞いても全然違うから、どうやったら、あんなになれるんだろうっていうのはありましたね。

パイプバンドは世界各国にあるんですか?

そうですね。やっぱり強い国っていくつかあるんですよ。
スコットランドと、北アイルランド、アイルランド。あとアメリカ、カナダ、オーストラリア。これが強い。
他には、イタリア、ブラジル、南アフリカ。メキシコにもあったな。香港とか。

競技会は毎年どこかで行われているんですか?

かなりやってます。規模でいうと、数百ヶ所でやってます。

バンドの数は?

前の情報だと、二千から三千はあるって言ってましたね。

すごい多いですね。

競技人口は多いですね。日本ではあんまりメジャーじゃないだけで。

へー。

パイプバンドのワールドチャンピオンシップスとか、世界中から集まるんです。
予選会っていうのはないんですね。フリーエントリー制で、自己申告でグレードを申請して。
100バンド以上来て、8000人以上集まるって言ってたかな。ひとつの大会で。

すごいな。プロもアマチュアも、というかんじなんですか?

海外のバンドも、トップバンドは来たりするんですけど。考え方では、ほとんどがアマチュアミュージシャンです。

別に職業を持ってという。

はい、そうですね。

これだけで食べてる人っていうのは・・・。

あんまりいないです。世界で数人でしょうか。アーティストとしてバグパイプをやってる人は極めて少ない。
なぜかと言うと、パイプバンドという方に傾倒しがちな傾向が世界的にあるので。

五社さんはどちらですか?

僕はアーティストですよ。
それ以外やる気がないので。ぼくからすると、異常な光景に見えちゃうんですよ。
例えば、クラシックギターって、コンペティションもあるわけじゃないですか。
でもそれはそれで、アーティストはアーティストで成立してるわけじゃないですか。
じゃあ、なんでバグパイプはできないの、ていうのが僕の中でずっと疑問だったんで。
で、やっぱり、1人だったっていうのが大きいですよね。
広げるためにはどうしようって言ったときに、他の楽器とかと一緒の形式をとらなきゃいけないんじゃないの、
っていうのを当時からずっと考えていて。いまだに考えています。
じゃあ、どうするの、って言ったときに、普通のバンドと同じ形式にする、
例えば、スクールがあったりとか、そのアーティストがいたりとか。
そういう形式を取り入れればいいよね、みたいなのがあって、
日本人のパイパー達に声をかけたりしてやってたんですけど。
まあ、いかんせん、ひとりだし。当時20歳だったんですよね。
なかなか呼応してくれる人が居なくて。ネームバリューも少なかったんで。
で、途中で頓挫して。

高校出て大学に行ったんですか?

そうですね。普通に大学に行きました。経営学部に。
音大に行くっていう選択肢も言われたことはあるんですけど、何の意味があるのかわからなかったんですよね。
今から思えば、行っていたらおもしろかったかもな、というのがあるんですけど。
その当時は、バグパイプのテクニックとか、考え方というのを、音大でどうやって勉強するのか、ってさっぱりわからなかった。

五社さんの歴史2 苦悩の20代

大学の4年間はどんな活動をしていたんですか?

最初はブラスバンドの延長とかいうかんじで、あんまりバグパイプに対する情熱ってなかったんですよ。
転機が一回あって。大学2年の時に。
アメリカのバンドで、昔、香港とかの大会に出てた時に来ていた凄いパイパーがいるんですよ。
その人が、今度、ワールドチャンピオンシップスに行くから付いて来るか、って声をかけてくれたんですよ、僕に。
で、行ったんですけど、まわりの目が「日本人だよ、上手くないよね、以上」なんですよ。
すごい悔しくて。ふざけんな!と思って。で、その時はアピールする場もなく、一緒に練習するわけでもなく。
僕より下手だろうっていう奴もいたにも関わらず、あいつは下手だよって、イメージで捉えられて、
ものすごく傷ついたっていうか。悔しかったんですよ。
そこから、じゃあ、徹底的に上手くなってやろうと、いうのがあって、さっきの、練習ですね。
徹底的に考えることをした。 もうひとつの理由は、アメリカやスコットランドに行った時思ったんです。
みんな恵まれてるんですよ、環境に。上手いパイパーがいて、下のパイパーがいて。観れるんですね、
好きな時に。リサイタルも日常的にやっているし。バグパイプのスクールとかもいくつかありますし。
そういう環境は日本では絶対手に入らない。じゃあどうしようっていったときに、
上手い人たちを徹底的に(当時ビデオカメラ持ってなかったんで)頭に叩き込もうって、
ひたすら観て、そういうことを毎日練習して。
あとは、楽譜を徹底的に練習して、憶えるスピードを速くすれば、その分技術練習に費やす時間は増えるよねって。
分厚い楽譜を渡されたんですけど、1週間で憶えました。っていうのをひたすら、どうすればいい、どうすればいいって考えて。
日本に持って帰って、そのままのペースで、どうすればいい、どうすればいい、って、
どんどん上がって行ったっていうのがありますかね。

個人としてはどんどん上っていくわけですよね。で、世の中とかそういう事は・・・。

そうなんですよ。結局、乖離が生まれるんですよね。
圧倒的にばーんって開いちゃって、あれーみたいな。
で、そこから、これから先どうするの?っていうのは悩みましたね。
大学の3年、4年とかになって、就職活動もやって、このまま俺どうなるんだろう、って。
その時期はもう10年以上バグパイプをやっていて、人生の半分くらいやってるわけじゃないですか。
どうなりたいんだろうっていうのを考えて。すごくもがいたんですよね。
海外で就職して海外のパイプバンドに所属するか、とか考えたし。
でも、なんだろう、それはなかなか。就職の微妙さっていうのもあったし。
本当にそれで満足するのかなって、自分で思っていた時期もあったんですよね。
で、そうなったときに、表に出ようって決めた時期があって。
表に出てどうしようもなんないんだったら、腕をへし折ってやめよう、と思ったんですよね。
その前も、腕をたたき壊しちゃった方が楽になるかなって、
ドアにはさんで、こなごなにしてやろうか、と思い詰めた時もありました。何度かありますね。

大学出て、就職するわけですか?

そうですね。当時、めちゃくちゃ忙しい会社に入っちゃって。システムエンジニアをやってたんですけど。
残業時間200時間みたいな生活をしつつ、でもバグパイプをやりたいんだけど、なぜ出来ない、みたいなふうになったりとか。
でも、やっぱり上手くなりたい。でも時間がない。どうすればいいんだ、やっぱりプロになるしかない。
プロになるには日本では手段がない。
その前から、バグパイプで食える道って言うのは、バグパイプバンドを起点として何か出来ないかな、
というのを考えてたりしたんですよ。
パイプバンドを起点とするためには、バグパイプの人口を圧倒的に増やさなくてはいけないというのがあって。
そのためには、時間もかかるし、仲間も必要だし。でもそれは今叶わない。そこが凄いジレンマでした。
だったらちょっと発想を転換して、ソロで動いたらどうなるんだろうかって考えて、ソロに切り替えたわけなんですけど。
言えば単純なんですけど。
東京パイプバンドに限らず、トラディショナルなことをやっているバンドって、規律というか慣習的に籠りがちなんですよ。
ソロで活動するなんてもってのほか、みたいな雰囲気があって。
幼稚園時代から世話になっている、家族みたいな人たちに対して、背くような形になっちゃうわけじゃないですか。
そこのジレンマがあったりとか。相当、精神的にはやられていたんじゃないですかね(笑)、当時。

結局、そこは辞めるわけですか?

そうですね。辞めて。

それは何歳くらいの時ですか?

25、6歳でしょうか。もう行かないって決めて。
その間に、ワールドチャンピオンシップスに東京パイプバンドとして行っていたんですけど、
どうしても勝てないというジレンマがあったんですよ。年数の浅い人たちのケアを全面的にやってたんですね。
大会中に睡眠時間を削ってみんなの話を聞いて、ここが出来ないんだ、じゃあこうやればいいよ、って、
レッスンをひとりひとりやって。上の人に怒られた人のケアとかもやって、結構ストレスになって。で、勝てない。
じゃあ次回はなんとかしようと思ってやってたんですけど、
自分の中でパイプバンドをやるっていうモチベーションが一切なくなって。
でもバグパイプをやりたい。そういうのが複合的に重なって、ソロでやるっていうのを決断しました。

お父さんは何とおっしゃりましたか。

別に、お前がやるんならいいんじゃない、みたいな。すごい軽かったですよ。

そして、現在・・・。

それから8、9年くらい経ってるわけですね。

そうですね。それで、まあ、ソロでやろうと言いつつも、何したらいいか判らなくて。
その時にアイリッシュ音楽をやっている人たちの所にふらふら顔を出しに行ったりとか。

それは日本人の?

そうです。その頃、僕はアイリッシュってあんまり知らなかったんですよ。
何でかって言うと、僕が始めた頃って、アイリッシュをやってる人って極めて少数で。
当時だと、バンドが1個か2個あるくらい。
という状況で、アイリッシュのセッションをやってるなんて状況は思いもよらなかったんですよ。
たまたまインターネットで見てたら、みつけて、あ、こういうのもやってるんだっていう、
ちょっと新鮮な喜びみたいなのがあって、顔出しに行きました。

それは、パブに?

パブですね。当時は、スコティッシュとアイリッシュのキーの差なんかも全然知らなかったですね。
音楽的な知識もそこまでなかった。ちょっと衝撃を受けまして、1、2年は見に行ってました。
見に行ってて、当時感じたのは、スコティッシュのパイプをやるのは、
アイリッシュの人たちに迷惑になっちゃうかなという思いもあったりして(セッションには参加しなかった)。
で、どうしようかな、と思ってた時に、The Cherry Coke$に出会ったんです。

The Cherry Coke$にはサポートで参加するんですか?

サポートですね。もう5年くらいになります。

フジロックにもこのThe Cherry Coke$で出たと。

そうですね。彼らがすごくリスペクトをしてくれて。当時は、バグパイプがなかなか表に出てなくて。
ちょうどその頃、Mixiとかも徐々に始まりだして、いろんな人が繋がれる環境が整ってきて、
こういうのもやらなきゃな、と思って、ちょっと始めてみたら、
なんか知らないけどThe Cherry Coke$が凄い人気になってきちゃって。

凄いらしいですね。リキッドルームとかパンパンらしいですね。

そうですね。リキッドとかも埋まってますね。
当時はThe Cherry Coke$自体も演奏技術がかなり低くてですね。
チューニングも合ってないってアドバイスしたりとか。

The Cherry Coke$は同世代ですか。

ちょっと下ですね。2、3歳下かな。

ソロ活動として、アイリッシュパブでやったりとかあるんですか?

パブでのセッションはあまりないです。いまはライブという感じですかね。

どこに行けば五社さんのライブを見られますか?

今は少し押さえ気味なんですが、多い時は月に7、8回くらいやったりしています。
レストランバーみたいな所とか、呼ばれてライブハウスでやったりとか。
ソロの時もありますし、The Cherry Coke$と一緒の時もありますし。

バンドを組もうとか、あったりしますか?

そこも、いろいろ考えたりしたんですが。基本はソロで。
その時々に応じて、ユニットというか、ミュージシャンたちと一緒に何かやれたらいいのかな。
曲とか、ひとつのコンセプトに対してミュージシャンで集まってやる、という形式の方が僕には合っていると思うので。
今はどうしても時間が取れなくて、他の本気の人達の足かせになるのもちょっといやだし。
縛られない形で自由にやりたいというのが、ソロ活動をやる上でのコンセプトです。

ソロでライブをやる時は伝統的な形の音楽をやるんですか?

今は伝統的なのをやるようにしています。
他に、最近だと、ハウスやテクノとバグパイプとか。アフリカンパーカッションとバグパイプとか。
そういうのをやったりしています。

そのクロスオーバーして行くやり方で、民族楽器の人が世に出る、っていうこともありますよね。

僕は、単純に好きだからやりたいんですね。テクノの上でバグパイプっていうのが単純に面白い。
クロスオーバーで食えるというのは側面としてはあるかもしれないけど。
もうひとつの理由としては、広げたいんですよ、バグパイプを。
僕はある意味、切り開いていく立場であればいいかなと思うんですよね。
で、後から続いていく人達が、同じようにトレースしたり、自分達で発展させていく、
その題材になればいいかなと思っています。

今、もう少しメジャーのレコード会社に力があれば、五社さんをデビューさせると思います。
東儀さんや上妻さんのように。それはスタジオジブリ作品のバグパイプカバーかもしれないけど。

僕は、あえてそういうところに頼らないで、僕個人が仲良くしたいとか、
僕と一緒に、志を共に出来る仲間達と一緒に大きい流れを作りたいというのがあります。

それがいいと思います。いま、戦略的な事をやっても、一瞬売れるかもしれないけど、それだけの事になっちゃうので。
そういうことじゃなくて、本当のことをみんな聴きたいと思ってるはずなんですよ。

知名度をあげるための一手段として、テクノをやるのって、有りだと思うし、単純に僕も好きなんですよ。
それで、若い世代が興味を持って、やりたいとか、かっこいいとか思ってくれるんであれば、もう、良いと思うんですよ。
僕も楽しめるし、情報が出るし。
かつ、それをやることによって、一緒の志、一緒に音楽を、とか、民族音楽もそうだし、
あらゆる音楽をひとくくりにして、みんなでなんとかできるようなかたちを作っていく環境を、
なんとか協力して作れないかていうのを議論して、アウトプットしていくっていうのをやれたらいいな、と思いますね。

それいいですね。

少なくとも、やれると思っているんですよ。やれると思っていなきゃ出来ないし。
みんなと熱く楽しくやって、このCDもその一環だと思っているし。

そもそも、本岡トシとの出会いは?

トシ: waitsの下田くんからの紹介です。下田くんと、五社さんが、前に働いていた所が同じで。

プロジェクトが一緒だったんですよ、たまたま。

トシ: バグパイプをやってると五社さんがおっしゃったそうで。そこに下田くんがボンって反応して。
僕はアイリッシュギターをやってますっていうことで、盛り上がったみたいです。

そこで、彼は僕のことを気に入ってくれて。本岡トシにつながっていくという。

トシ: はじめて会った時に基本コンセプトが同じだと思ったんですよ。これは一緒に出来るな、と。
アイルランドじゃない所で、アイリッシュ音楽をやっている土壌って言うのは、必ずもっと広い可能性がある。
だから、五社さんがここに参加するのはむしろ当然だな、というのがあって。

僕、二十何年やってるんですけど、はじめてだったんです。
同年代とか、それより下でケルト音楽をやってる人って皆無だったんですよ。
その状況から考えると、こんな状況になるって、どんだけ嬉しいかっていうかんじなんです。

「下の世代を引っ張り上げる手伝いをしたい」

五社さんの夢は? 50歳になったときこんなふうになっている、とか。

僕は、ソロアーティストとして飯が食いたいっていうのがひとつあるんです。
もうひとつは日本人が、アイルランドとかスコットランドとかの音楽をやっていて、
かつ新しいものを生み出す土壌を作り出していきたいですよね。
50歳になったときは、それをある意味スタンダードみたいなかたちで、
かつクオリティの高いものを出していたいですね、僕自身が。
で、例えばリバーダンスってあるじゃないですか。
ああいうのを日本人がやっちゃってもいいんじゃないかと思ったりしています。
今、実はそういうのでちょこちょこ動いていて。
ハイランドダンスっていうのが、スコットランドのダンスであるんですけど、
そのダンサー達と、長い期間をみながらやっていこうかなと考えています。
あと、バグパイプとテクノとか、ニューエイジの音楽とやるというのも、おしゃれでかっこよくて、
すごいハイテクニックで音楽として良い、という、全部が高いレベルで融合したのを出していきたい。
あとひとつ。下の世代で、伸び悩んでたり、どうしたらいいのか判らないというミュージシャン達を、
引っ張り上げる手伝いはしたいですよね。
そこは、なあなあの関係じゃなくて、アーティストとして自分を研いでいる人達をちゃんと引っ張り上げるという。
引っ張り上げたいという言い方もあるんだけど。で、お互いにそれで協力して、ネットワークをどんどん作っていきたい。
別にジャンルにこだわらないし。
僕はポップスの人達とも付き合いがありますし、そういうの関係なく、
ミュージシャンという垣根の中でやっていけたらいいですね。
ジャンルじゃなくて、音楽をやろうよ、という。それをスタンダードにしたいです。
かつそれをアジア全土でやりたいですね。そうすれば(ミュージシャン)みんなが(音楽で)食えるようになるかなと。

このCDについてひとことお願いします。

このCDが出てすごく嬉しいんです。孤独だった頃から考えたら、仲間が出来た感覚っていうのかな。
凄く嬉しくて。
認めてくれるっていう環境が出てきたっていうのは、戸惑いでもあるんですけど、めちゃくちゃ嬉しいことで。
自分が高めてきた技術がはじめて認められたんだ、みたいな。